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下町の車両基地

顔が地下鉄っぽくて、漫画とか歯とか声優とかが好きらしいです。

すずめチュンチュン、もずモーモー。

TVアニメ「灼熱の卓球娘スペシャルイベント『雀が原中学vsもず山中学』を応援観覧してきました。

生で見たイベントを文字にするのは初めてです。

 

前に書いたライブ映像の感想とは違い、一回きりのものを形にするため結構お粗末になります。あと、イベント内で印象に残ってる事柄しか書きません。それより雑記です。自分用のメモ帳です。結構長いです。

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出演者

 灼熱の卓球娘主要出演キャストとEDアーティスト『Wake Up, Girls!』が大集結です。

 主演キャスト6人に加え、ライバル校のキャスト6名の超豪華ラインナップでした。

 そしてMCには作品宣伝大使を勤める『こにわ*1』さん。

 総勢18人の笑いあり涙あり手に汗握るバトルありの濃い内容となっています。

 

構成

 コーナーごとにMCを挟んでました。多分転換や衣裳の早替えのためでしょう。そこで芸人こにわさんの本領が発揮されます。とにかくMCトークが面白くて熱い。また夜の部では本作品のアニメ監督の入江監督がいらっしゃてまして予想外の内容に転がっていきました。

 大まかな流れはトーク→卓球→ライブで、特に卓球対決は作品の特色を活かしたコーナーで、キャストがそのまま卓球で対決、ラリーが続くごとに会場のボルテージが上がり、歓声や声援が大きくなっていきました。僕も前のめりで見入りました。僕はあんな風に卓球はできないです。

 

・OP コールアンドレスポンス

   担当:大坪由佳さん・奥野香耶さん・高木美佑さん

   円形客席通路使用、上手イリ*2→下手→円形ステージ→レスポンス→暗転*3ハケ*4

・OP映像

 選手入場影ナレ*5担当こにわさん、選手入場は映像終了後「それでは両校選手入場です!」きっかけでイリ。

 雀が原・もず山交互→登場。登場後きっかけでこにわさんイリ。のち自己紹介。

・灼熱のラリートーク

 キャスト同士が質問を行う。

 自己紹介後すぐハイチェア×13(うち1つ水用)・司会者台in。

 終了は演者ハケきっかけで暗転、こにわさんのMCへ。

・つなぎMC

 担当 こにわさん

 舞台上暗転、こにわさんにピンスポット。

 こにわさんの客ぶりで客電*6in。 

 入江監督が1階上手側席にいることが判明する(上下*7ピンスポット入江監督の客席に振る)。

 こにわさん「準備ができました」、こにわピン・客電out、舞台上暗転。

・灼熱の卓球対決

 キャストが卓球で戦う。

 雀が原vsもず山の団体戦。ルールは中学女子公式ルールに則る。

    11点先取勝利。先にチームで3勝したチームを優勝とし、商品として夢の国パスポート6枚贈呈とする。

 メンバーは     雀が原   VS   もず山     ※sはシングルス、dはダブルスを意味する。

      1s ⚪︎高   野           立   花⚫︎

                      2s   ⚫︎桑   原           青   山⚪︎

                      3d   ⚪︎東   城          竹    尾⚫︎

                                今   村          大    坪

                      4s   ⚪︎田   中          古    木⚫︎ ※雀が原優勝。

                      5s   ⚪︎花   守          井    澤⚫︎ ※入江監督ルール、ここで勝てば優勝。

                    ※キャスト名字のみ表記、敬称略。

 卓球台・特典台・審判団3人は奈落からin。

 審判団は主審高木、副審吉岡・永野。(敬称略)

 卓球台らin、のち両校選手先頭がプラカードを手に持ちイリ。

 下手客席は雀が原、上手客席はもず山の応援を行う。

 試合後、トロフィーとチケットが手渡される。両校選手ハケ。

 こにわさん、審判団3名は残り円形前場へ。舞台上照明out、ピンスポin。

・つなぎMC 商品紹介

 関連グッズの紹介を行う。

 紹介中に奈落の卓球用品はout

・ライブパート

 楽曲は『灼熱スイッチ』『V字上昇Victory』の2曲

 キャストハケ→暗転→こにわさんイリ(ピンスポ追い)

・つなぎMC トーク

 『灼熱のラリートーク』の続き、担当は大坪由佳さん、竹尾歩美さん、立花理香さんが担当。

 小道具に歯ブラシ

 裏でWake Up, Girls!スタンバイ、衣装早替え。

・ライブパート

 楽曲は『僕らのフロンティア』。

 暗転板付き*8

 楽曲披露後暗転。

・ED キャスト挨拶

 明転、キャストラインナップ、1名1名挨拶。

 挨拶後『灼熱スイッチ』の歌唱。

 サイン入りピンポン球をキャストが投げる。

 歌唱後カーテンコール、キャスト円形部分面まで。

 舞台奥からハケ、客電in、終演。  

 

 

会場

 今回の会場は舞浜アンフィシアターでした。正直テンション上がりました。初めての箱*9でしたので、ある程度平面図等を読んでいきました。

 客数2170席、盆と奈落を兼ねている特殊な劇場です。

 

 ここだけ見るとまぁちょっと大きめの箱なんだろうと思われる方も多いと思います。しかし、舞浜アンフィシアターはタダじゃいきません。普通じゃないです。ステージは独特の形をしており、半円形のオープンステージとなっております。

 

 オープンステージについて、舞台用語集から引用します。

「オープン・ステージ」とは、
基本的に、舞台と客席とが一つの同じ空間の中に共存する形、つまり客席と舞台の仕切りがまったくない、オープンスペースの劇場を意味します。

額縁で舞台と客席とを明確に区分する「プロセニアム・ステージ*10」と共に、
舞台様式を大別したときの1つであると考えられています。

オープン・ステージでは、天井のある舞台は存在しません*11ので、
後ろに行くほど客席が高くなる、円形(または半円形)の劇場が多くなっています。
イメージとしては、相撲の土俵*12を想像してもらうとわかりやすいかもしれません。

また、オープン・ステージにはお客様と役者を区切る、
きちんとした舞台や額縁、幕などがないことがほとんどなので、
観客としては非常に臨場感のある舞台を味わえる形の劇場と言えます。
しかし一方、役者側からすると、
客席からの死角が少ない分、非常に集中力が求められることになります。

日本では、東京の青山円形劇場が国内初のオープン・ステージの劇場です。

 

 

 青山円形劇場*13にはよく訪れていたのですが、この劇場は完全円形のオープンステージとなっています。(そもそも舞浜アンフィシアターアンフィはローマ語で円形を意味しています。)

 青山円形劇場は360度全ての角度から舞台を見ることができます。舞浜アンフィシアターの場合は舞台から半円が飛び出ている形となっています。なので半円ではありますが出演者を様々な角度から観ることができます。このような形の劇場は本当に貴重です。なので演出の仕方がぐんと変わります。

 例としてナナシス2ndライブで使用されたパシフィコ横浜、あそこはプロセニアム形式の舞台形式です。ナナシス2ndの時は基本的に舞台から客席に向かって正面でのアプローチが多いです。ところが舞浜アンフィシアターナナシス2ndの同じ公演を行なった場合、下にある舞台図面を見ていただければ分かる通り、1/3のお客さんが演者を満足に観ることができません。

 なので今回のイベントでのライブパートは反り出ている円形部分を中心に歌って踊っていました。舞台と客席の間に仕切りがなく、距離が近いという特性を活かし舞台面*14に出てコミュニケーションやコンタクトを取るといった行動も見られました。また舞台効果でも半円形を活かしたものが多かったです。

 

舞浜アンフィシアター 舞台図面

f:id:yayousa16:20170205145734p:plain

 

青山円形劇場客席図面(円形利用時のもの)

f:id:yayousa16:20170205144319p:plain

 

パシフィコ横浜舞台部分基本図面(迫舞台*15・置舞台*16なし)

f:id:yayousa16:20170205232142g:plain

 

※各公式サイトから拝借しました。

 

 

舞台美術

 今回、舞浜アンフィシアターでは 前日の3月4日に『魔法少女育成計画』のライブイベントが行われていました。そのため、アニメ関係のイベントが2日連続の計4公演行われることになります。

 

www.animatetimes.com

 

 上記のサイトの写真を見るに、舞台奥に仮設トラスを組み、映像はフルカラーのLEDモニターを使用したと推測できます。ムービングヘッドやレーザーをガンガンに効かせた照明なのかなとも伺えました。

 多分夜通し仕込み替え*17を行ったんじゃないでしょうか。これ結構負担になります。翌日午前中にリハーサルを通して行いバミリ等を確認、その後すぐ本番。卓球娘の2公演は客席会場までのインターバルが30分しかなく、キャストもスタッフもかなり余裕のないスケジュールとなっていました。

 そのようなこともあり、卓球娘のバックステージを見渡す限り、卓球対決が中心となる構成をしたためライブパートには凝った演出をせず、バックステージに負担をかけないようにしたのだと考えられます。

 

 舞台前にジョーゼット幕*18・奥に入場ゲートをイメージした舞台セットがそびえます。

 イベントの趣旨的にこのような形をとったのかと思いますが、一番は『卓球大会』をイメージしデザインしたのではないでしょうか。『対決』という内容から上手下手を両校のイメージに沿ってデザインを分割し、両校の校章幕も吊るしていました。

 映像を投影するためにスクリーン幕も仕込んでいました。映像はリア打ち*19かなと推測します。

 

f:id:yayousa16:20170309143105j:plain

 

 開演30分前に上手奥で描いてたので間尺や筆圧はガバガバです。

 上のヒラヒラがジョーゼット幕、パネル裏にある斜線は大黒幕前の紗幕です。

まとめ

  初めての舞浜アンフィシアターでした。客席がふかふかで、後部からでも舞台全体がしっかり見渡せるとても親切な設計だったと思います。

 初めての卓球応援でした。熱い、熱いです。一球に喜び苦しみました。卓球、自分もしてみたいなって思いました。

 初めての卓球娘イベントでした。キャスト陣が本当に生き生きとしてて、強いギャグもトークもポンポンラリーしてるんです。どんなにアクシデントがあってもMCのこにわさんが上手く拾ってそれを大坪由佳さんが特に返してたなって印象でした。自然と笑っちゃうんです。

 初めてのイベントを題材にした生地でした。読みづらいこの植えなかったと思います。ごめんなさい。

*1:お笑い芸人。主に松岡修造さんのモノマネをしている。サンミュージック所属。

*2:入り。舞台上に出る、観客の前に出ること。

*3:舞台上が暗くなること。

*4:ハケる。客前からいなくなること。

*5:舞台上に出ていない状態(影)でナレーションをすること。

*6:客席側を照らす照明。今回は円形トラスに設置されていた。

*7:上手と下手

*8:舞台上に立つこと。

*9:イベント会場のこと

*10:学校の体育館を想像してください

*11:ホール全体と同じ天井の高さ、客席と同じ空間にいると考えるとわかりやすい

*12:円形劇場のみの場合で、舞浜アンフィシアターの場合はあまり当てはまらない。

*13:2015年1月に閉館

*14:舞台の一番前

*15:せりぶたい、舞台が客席側に迫ります

*16:おきぶたい、ステージを物理的に増やして広くします

*17:舞台上の装置や照明機材などをバラして次の公演のために仕込むこと

*18:よく舞台の上とかに吊るされてるヒラヒラした白い幕

*19:プロジェクターを舞台奥に設置し映像を投影すること。客席の人が影にならないようにするため。

素直に書くこと

 

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前回の記事にコメントをいただきました。

 

文章がものすごく周りく読みにくいです。ブログなのでもっとさらっと書いてはいかがでしょうか?

 

 おっしゃる通りです。多分全部の記事に共通しています。

 ただ、前回の記事だけはソーントン・ワイルダー氏と、それに影響を受けた矢代静一氏の戯曲を意識した文章にしようとしました。

 『我が街』も細部にこだわって舞台となる街の説明や登場人物の内面を言葉で表しています。

 私自身『我が街』という作品が思い入れのある作品だったもので、それっぽくしてみたかったのです。特に最後の「そろそろ皆、寝る時間です。___」から最後までは戯曲をそのまま引用してます。

 

 ということでかなり回りくどく意識して書きました。読みにくいのは承知でした。ただこのような戯曲的表現は書いてて楽しいのですが、読み返すと読みにくいのなんのですね。

 もともとブログも140字以上のものを、散文でもいいから形に残したくてやってます。ただネット上に公開してあるのであれば、文章は綺麗に整っていた方がお互いに良いものです。

 

 初めてコメント、とても嬉しかったです。素直に書くこと、心がけます。ありがとうございました。

我が町

 お久しぶりです。3月になりました。大学の卒業制作も無事終わり、校舎の大掃除や打ち上げ、引き継ぎ用の資料作成、今年で勇退なさる先生の最終講義のアシスタントなどを終えてやっと肩の荷が下りたと思いきや、約2年お世話になった下宿から実家へと撤退するための引越し作業を先日終わらせて、やっとのことで落ち着いてきました。

 こう落ち着いてくると、年のせいか今までにあったことを俯瞰して眺めるクセがついてしまったようです。多分、一人暮らしで身についた悪いクセなのかもしれません。

 

 突然ですが、皆さんはソーントン・ワイルダーの「我が町」という作品をご存知ですか?

 どのような作品かと言うと、登場人物が日常を日常のままに過ごし、一生を終えていく作品です。

 戯曲中にあるグローバーズ・コーナーズ*1では何も特別なことは起こりません」という台詞通り、登場人物の死や結婚以外劇的なことは起こりません。観客はその「日常」の貴重さを知るという内容です。「人生ってひどいものね。そのくせ素晴らしかったわ」と台詞があるのですが、それが結構心にくるもんがあり、劇中に登場する市民の誰もがそれぞれに自分の生活をそのままに生きている、そのなかでのちょっとしたかかわりがこの劇の物語の流れであるということが一言で伝わってくる感じが取れるのです。その中のちょっとした出来事が話を変えてしまいます。だから台詞は背景が細部まで読み取れるように演じなければならない、と、とにかく「観客が舞台上に言葉だけで細かく再現されたグローバーズ・コーナーズでの生活を眺めている」こんなイメージです*2

 

 約2年お世話になった下宿先、丘陵の谷間に鉄道が走り、その周辺には数個の飲食店とスーパー、寂れかけた商店街があり、丘を登った先の住宅街には家族連れや高齢者が立派な一軒家を構えて、狭い通りに外車が時々通ったりする変な町で一人暮らしをしていました。

 そんな丘の上のアパートにいたわけで、部屋自体は気に入ってました。6畳の白を基調とした部屋を好きなように散らかしてました。ただ下宿で思い思い休んだ記憶はあまりないです。朝は8時から大学に行かなけれなばならないからと5時30分に起きて支度して、朝ごはんは大学で食べようと慌ただしく家を出ます。丘の上なので結構寒いです。冬場は着込んで家を出ました。近所に住んでる人よりちょっと早めに家を出るようなのであんまり人には会いません。ただ駅前に出ると黒い人たち*3がたくさん現れては都心方面の電車に吸い込まれていました。僕は下り方面の電車を利用して向かうのですが、下りも結構混むのです。時たま座れたり座れなかったり、上る方よりはマシです。

 大学を出るのが大体22時~23時で、お酒の匂いおする電車に少しだけ揺られて帰るのですが、商店街はがらんとしまっており、駅前のスーパーで半額まで値下がりしたお惣菜を買って、ご褒美とコーヒーとかシュークリームなんかを買って帰っていました。やっぱり深夜近くなるとどこの家も明かりがついたり消えたりしていて、時々もくもくとお風呂の香りのする湯気が流れたりするんです。それを追って空を見上げると、星が散りばめられていて、丸いお月様が顔を覗かせているのです。それが僕には少し滑稽に見えて、「お疲れ様」なんて声をかけてくれてるのかななんて。おかしいですよね。私のお気に入りの風景だったりします。小高い丘に家があったものですから向こうに広がる空なんかをよく見ては心を休ませていました。家でやることは課題と寝る事ぐらいです。寝に帰るような感じです。

 

 ただ、とにかく丘の上にあるものですから坂がきつかった。振り返ってもあの坂はこの先登ることはないんじゃないかなって思います。靴は2年で3足履きつぶれ、足の筋肉は一回りは大きくなった気がします。雪が降った日にはダンボールで滑るぐらいには急な坂なんです。とにかくきつかったです。

 近所の人は結構苦労してる感じでした。下宿の横に高齢のおばあさんが住んでいるのですが、その方の買い物やゴミ出しなんかの力仕事なんかを手伝ったりすることは時たま程度にやりました。雪の日には雪かきもやったかな、懐かしいです。

  作品公開で大学に一般の方を呼べる機会があって、そのおばあさんをお呼びしました。そうしたら近所の人を5名ほど連れてくださって、「この環境で学べるのが羨ましい」と。大学のことは要所要所で変なところがあるけど結構気に入っていたので素直にうれしかったです。それよりも、「来てくれた嬉しさ」と「すっごい元気だな」という感情が強かったです。

 やっぱり、あの「坂」が秘訣なんでしょう。困難することがあっても住民の協力で何とかなる。幸いにも住んでた地域には自治会が存在して元々の団結力が強かった。ゴミ出しなどでもよくご近所で会話してるのも見かけました。僕が住むずっと昔からお互いに協力しあっていたんでしょう。それがあの街の日常なんですね。とにかく優しい人が多かった。心なしか駅前のお店のも、個人店でもチェーン店でも心なしか接客がすごいよくって、不思議ですね。

 

 それぞれの町には、それぞれの生活があるのかもしれません。私は「我が街」を1度観て、日々の生活を構成している周りの人たちをもっと大切にしようって思いました。そうしたらたくさんの人に助けられているんだなって実感して、どうしようもなくなりました。そんな2年近くしか住まなかった街ですが、長いようで短い、言ってしまえば「ちょうど良い」時間だったのかもしれません。

どんな出来事があっても、時が流れるにつれ「よかったのかもしれない」と思えるような、人間結構ちょろい生き物なのかもしれません。

 

 

実家に戻り、この文章はリビングで書いております。さっきまでせっせと家事に励んでいた母は隣にあるソファで母はうたた寝をしています。そろそろ皆、寝る時間ですね。

灯りがついてるのは二つ、三つ。星が空に、十字に輝きながら眠っています。

学者の説はまだ決まっていませんが、あそこには生物がいないということは、大体考えているようです。

星は、ただのチョークか、火なんですね。只、この地球だけが何かになろうとして四六時中、あくせくとしているわけです。

その動きがあまりにも激しいので、16時間毎に、人は床に入って休息を取らなくてはならないのです。

そろそろ0時になります。これ以上文が長引くと、寝る時間が少なくなります、ですから、この辺で。

*1:舞台となる架空の町

*2:芝居の大半はそんな気はしますが…

*3:スーツ

僕がほんの少し舞台に詳しい訳 その2

 

※これの続きです。

yosakoi-hnymt.hatenablog.com

 

 いろんな人に芸術に触れて欲しいと意気込んで大学に入学しました。

 橋渡しのような人物になりたいと考えていました。

 芸術経営をやりたいと言っても、芸術の"ゲ"の字も知らないし、正直『そういう人物になれればな』と曖昧な考えしか持っていませんでした。これが今後足を引っ張ることになります。足枷です。

 

 

 まず入学して様々なことに挑戦しました。演技に音楽に舞踊に伝統芸能に文献研究など、とにかく伝える人間になるならそれらの楽しさを自らが理解していないといけない』と思い込んで、言い聞かせて、チャンスがあれば挑戦しまくりました。実際芸術分野に取り組んでいるときの自分はものすごく生き生きしていたと思います。

 1年の秋、大学での演劇公演プロジェクトに参加しました。スタッフとして、希望していた宣伝広報部での仕事をすることになりました。

 正直辛かったです。雑務は押し付けられるわ、チーフから罵倒されるわ、男子は自分しかいないわ、毎日終電を逃しての作業が続きました。これが3ヶ月、とにかく心と体に負担がかかりまくりました。舞台が創られていくまでの過程であるとか、広報部の仕事内容とか、乱暴にだけど学べた気がします。ただ一番は終演後のお客様の満足した笑顔、あれを思い出すと自信をもって関わって良かったと言えると思います。

 ただそこで一番感じたのは自分の舞台に対する知識の無さなり、行動力の鈍さであったり、協調性の足りなさであったり、とにかく未熟な自分を目の当たりにしました。同時に、プロダクションに対して直接的に役に立てなかったもどかしさが残りました。

 

 

 2年次、僕は一度プロジェクトを離れ*1、他学部の授業を履修するようになりました。心の中では過酷な状況のプロダクションから逃げ出したかったのかもしれません。都合のいいように「学べるのなら他の学問も学びたい」と逃げていました。だけど学びたいことがたくさんあったのは本当です。正直芸術で食って生きる人間なんて才能がある人間か頭の回転の速い人間でないといけないので、僕には程遠い人物の一握りでしかないと当時は考えていました。なので保険という考え方もできますが、"自分だけの武器が欲しい"という理由が正しいです。舞台をやる上での武器、直近では大学の舞台制作プロダクション、将来的には自分のアイデンティティにいたかったのです。

 

 

 プロダクションを離れて何を勉強したのか、高校時代に興味のあった経営学や観光学・心理学・社会学と興味のあるものはとことん履修した気がします。特に観光、高校時代に鉄道研究部で部長を務めていた経験があり、友人の6割は鉄道つながりで通じ合った仲でした。なので同年代の友人は大学で鉄道に関係すること(観光・都市計画・建築など)を学んでいました。だから話を聞くなり「面白そう!」と食らいついて学んで「何かしら芸術に活かそう」と謎の野心を燃やしていたのでした。

 学部の実技校舎と他学部校舎を行き来する生活でした。それでも初めて触れる学問の世界はとても面白く、基礎学力のない自分*2にはちょっとアカデミックで賢ぶって見えたのでした*3

 そんな中マーケティングなり心理学なりマスメディアなりの授業を受講、成績は自慢できるほどではないですが、様々な教授と交友を持つことができ、時々学食でご一緒することも多くなりました。授業じゃ聴けない貴重なお話も伺えましたし、特に嬉しかったのは「今から転学したらいいよ」とか「うちのゼミ来る?」とお声をかけていただいたのは今でも鮮明に覚えています。

 

 そんでもって結論、他学部の履修は芸術を学ぶ上で役に立ったのか。

 

 ものすごく役に立ちました。

 

 はっきり実技系の授業は遅れをとるレベルで足手まといの自分でしたが、レポートを作成する、文献を調査するなどのことに関しては他学部の先生に相談したところ1からアカデミックスキルを学ばせてもらい、役に立てています。

 一番ぼんやりした言葉で表現するなら、「視野が広がった」というのがわかりやすい表現かもしれません。

 正直2年生の段階でははっきりとした結果は出ていないので一概ではないのですが、とにかくなんかよくわからないけど力が湧いてきました。完全にイキリオタク*4でした。

 それにならって秋学期も所属学部の授業と他学部の授業を併用して履修しました。正直今回は「逃げ」ではなく「役に立つから」と思って履修しました。逃げるは恥だが役に立つとはよく言ったものです。なんでもないです。

 所属学部でも専科に分かれていく頃合いでしたので正直両立はアレ*5かなと思っていました。それでも大二病は面倒くさい生き物ですので「俺はやればできる子だ」 と過信して乱暴にやりきりました。今思い返せば無謀でした。

 

 

 3年次の春、専攻に分かれていきます。私は演劇を専攻して、その中でアートマネジメントと演技の授業を積極的に履修していくようになりました。もちろん加えて他学部の授業も履修していましたが、経営と観光に絞って"聴講"という形をとりました。むやみに授業を履修して単位を落とすわけにはいかないので。

 他学部履修を減らした分、他の芸術分野に対しても少しずつ学ぶようになりました。上演芸術の他にもデッサンなりクロッキーなりにも手を出した気がします。

 一番の変化はアートマネジメントの勉強を直接できたことでしょうか。ここでやっとマネジメントの授業で習った内容が活かせたと思います。公共文化とか芸術教育とか、そんなことにも活かせた気がします(プロジェクトを運営する力を養った)。

 あと演劇公演プロジェクトのプロダクションに1年の秋ぶりに復帰することになりました。同級生からの熱い説得に負けました。作成企画の演劇コンペに参加して作品制作に没頭しました。ここで活かせたのは"リサーチ力"でした。

 戯曲を1から創るということで、何から何まで調べました。その中でアカデミックスキルの1つである文献研究がすごく役に立ちました。気になることはとことん調べてました。作品ノートも積み重ねていた記憶があります。

 3年秋に本格的にプロダクションに参加、1個上の卒業公演への参加でした。ここでようやく演劇作品を作りながら今まで培ってきた力をどのように作品に活かすかというものを実践できた気がします。日々先輩方のお手を煩わせて、夜通し作品について語り合ってました。戯曲を読み解く力とか舞台上に表現する力とかとにかく語り尽くせないことを学んで、育んできました。けど1番はそんな理屈より、演劇って楽しいって素直に思えるようになってました(身体に相当なガタがきていたのは秘密です)。

 

 

 4年次の春、僕たちの代の就活戦争は例年より遅れてやってきました。とにかく工面したのですがそこは気が向いたらで… 就活のためにプロダクションから一時的離脱して専念、並行して兼ねてから興味があった観光まちづくりのゼミを聴講させていただきました。これには3年の春からお世話になった経営学の先生からお声がけを頂いて実現したもので、「演劇の経験を活かして何かしら社会の役に立ちたい」と思っていたところ「観光にも興味があると言っていたし、芸術経営以外の勉強もしていないか」とおっしゃていました。

 けど待ってください、ここで当初の入学理由とちょっとずれてしまっています。これはつい最近まで気がつきませんでした。

 ①芸術を勉強するために大学に入学して、

 ②自分だけのアイデンティティが欲しい(大学生のうちに気になる学問を並行して勉強してしたい)と考え、

 ③いざ学部の専門授業を受けたら楽しくなって、

 ④将来は演劇の経験を活かして社会の役に立ちたい。

 

と、僕の考えはこのように推移しています。簡単に言うと、自分にしかできないことがしたかった、と。

 当時(現在)も他学部を積極的に履修して卒業要件ギリギリで在学しているのは僕だけですし、異色な経歴だとよく研究室で話されます。自分は自分にしかできないことをやってるんだって。

 

 やっぱりこの考えが足枷になりました。視野が広まった分、企業や職業に関して標準が思うように合いませんでした。何をやっても曖昧にまとまってめちゃくちゃにお祈りされました。もちろん、芸術系を扱う新卒の仕事は少なかったので並行して観光や公共交通など、他学部履修や聴講で学んできたことと演劇公演プロジェクトで学んだ実践的なチームワーク*6を組み合わせたら強いんだろうな、高校の時から興味があった業種だしと考えてました。

 

 

 4年の秋までもつれ込みました。就活から逃げるように演劇プロジェクトに戻りました。実際にチームで作品を作っていくうちに、やっぱりなにかしら作品を創るのが好き、それより終演後のお客様の笑顔を見ると自然と「やってよかったな」って実感してる自分がいたのに気付きました。

 秋は合計で7公演ぐらいに携わってました。正直今思い返すと就活と並行してやっていたものですからすごく意味不明なことをやってました。「最後だから」「やりたいから」全部自分のわがままでやってました。しかし自己責任なわけで、当然自分自身潰れることになりました。何もかもできなくなる、とにかく体と頭と感情がかけ離れて意味がわからないぐらいに行動できなくなりました。軽い うつ状態だったと踏んでいます。

 

 

 結局様々な人の助け(特に大学の就活課・研究室)の助けを借りてなんとか持ち直し、稽古と就活とスタッフ作業を両立できている自分がいてびっくりしましたし、何よりも作品を創っててものすごくワクワクしてる自分がいるし、やっぱり好きなんだなって思いました。

 ちなみに経営側のゼミもしっかり聴講してました。こっちは来れる時でいいと結構甘々だったんでなんとかなりました。だから、公演と就活とゼミといろいろやってました。あと並行して大学の手伝いとか、研究室の雑務とか、なんだかんだポンコツなりに頑張ってました。失敗は多かったですけど。

 あと4年間を通して他学部を履修したこと、本当に正解でした。

 演劇作品を作る上での文献研究や事実のかみ合わせなど、本当に役に立ちました。登場人物の心情から背景まで、一からしっかり作り込めたかと思ってます。

 例えば舞台となる土地について一つづつ調べることによって、その人物の生活や所作が一つ一つ変化していきます。

 あとこれは自分の場合なんですけど、方言を扱う舞台に多く参加しました。なので方言についてよく調べたなって記憶があります。青森から沖縄まで、よくやったなぁって。

 調べ上げることがすごい楽しかったです。知らないことを知るのは今でも楽しいですが。

 

 結局、今後も舞台に関わることになりました、内定をいただきました。一周回って運命なのかなって思いまいた。

 それからはずっと演劇まみれです。演者として舞台に立ったり、パンフレットやフライヤーの作成をやったり、チケット予約の管理をしたり、舞台装置を仕込んだり、客席のメンテナンスをしたり、大掛かりな放送施設を扱ったり、照明機材をいじったり、映像つくったり…

 舞台に関していろんなアプローチをして来ました。

 何から何までやった気がします。

 これまでに「笑顔をつくる仕事がしたい」と無我夢中で泥臭く頑張ってきたからこんな人間になりました。

 つまり、舞台にほんの少し詳しい理由は、「人を楽しませるエンタテイメントの力を信じている」からです。

 商業演劇に、小劇場に、ライブに、ヲタクイベントに、在学中に多くの現場を見てきました。これらは「楽しむ」というのはもちろんなのですが、人を楽しませることに対しての憧れ今後の自分のための勉強って意味合いが強いんです。

 だからイベントで図面を参考に演出の方法なりを見たり、もしも自分があの舞台の裏側にいたらとよく妄想して演出プランを考えたりと痛い人間になってしまったのです。

 簡単に言えば職業病です。

 だからナナシスのライブDVDを見ていろいろとイキり出したり、WUG*7のライブを見て振り付けのクセを見抜いたり、まんがタイムきららフェスタで某声優のバレエ経験を言い当てたりと気持ち悪さ全開でヲタクしているのです。

 

 ※他ヲタクから見た自分の気持ち悪い言動まとめ

 

 

 こう散文にまとめてみると、入学当初の好奇心と意欲っていうのはそう簡単に薄れていないことが自分でも驚きでした。

 今後も自分が創作する意欲を忘れず、大学での経験を思う存分に今後に生かしたいと思いました。

 

 おそまつさまでした。

 

*1:単位制で強制履修ではない。

*2:お察しの通り私はただのバカである、特に計画性と理解力がない。

*3:時は大学2年生、いわゆる大二病である。

*4:調子に乗っているオタク。関西弁のイキるの変化。

*5:暗黙の了解を侵している感覚

*6:実際にチームで働くという点ではものすごく力になったと自負しています。

*7:Wake Up, Girls!の略

僕がほんの少し舞台に詳しい訳 その1

 前回の記事を投稿して、「舞台ガチ勢かよ」というお言葉を頂きました。

 

※前回の記事

yosakoi-hnymt.hatenablog.com

 

 いきなり舞台断面図を取り出したり、バミリがどうたらこうたらとイキリヲタクしてるのも今見返すとアイタタタ…という感想を受けます。

 自分自身ペーペーな知識で書いているので本当に信用しないほうがいい内容ばかりでした。

 しかしなぜここまで長文をかけたのか、

 

 ずっとライブイベントに通っていて身にしみるように覚えた。

 

 って言えればかっこいいんですけどね。その気持ちはありますけど僕より思い入れの強い人は世の中にごまんといらっしゃいます。

 そうではなく、学んでいたからです。

 僕は大学で演劇について勉強していました。

 正直、舞台芸術に関わることはすべて触れてきたと思います。濃い大学生活でした。

 舞台図面も読めるようになりましたし、照明の吊り位置も遠くからわかるようになりましたし、関東近郊のコンペディションホールの概要なら覚えています。

 なぜ大学で演劇を学ぼうとしたのか。

  

 

 時は高校2年の2011年、東日本大震災が起きたことは誰もが知っていると思います。

 当時千葉に住んでいた私も震度5強-6弱の揺れに襲われ、遠くの沿岸では工場が火災、海沿いの街は地盤沈下でインフラがストップといった状況でした。

 それから数日は各テレビ局が震災の報道一色、テレビCMも全て自粛してACジャパンに切り替わっていきました。

 津波のこと、避難所のこと、インフラのこと、計画停電のこと、全て新しい情報が更新されるまで同じ報道の繰り返しでした。

 正直高校生のクソガキながら怖かったです。大きな災害といえば阪神淡路大震災が挙げられますが、94年-95年に生まれた世代にとって初めて目の当たりにする光景だったのです。

 それからしばらくして、高校の先輩と瓦礫処理の作業に参加するために宮城県気仙沼市福島県いわき市を訪れました。その中で感じたのは『インフラも大事だけど、心のケアも大事なんだろう』ということです。作業の間に休憩で避難所となっている中学校などでお世話になることもあり、地元の方とお話しする中で感じました。町の傷は綺麗になっても、心についた傷はそう簡単に癒せないんだなと。

 

 この考えを持つものは僕以外にもたくさんいらっしゃいました。2012年10月に『東日本大震災による被災地の復興支援のため、ライブエンタテインメントを通じた様々な活動を行う。』ということを目的とした社団法人が誕生しました。チームスマイル、豊洲・仙台・いわき・釜石でPITというライブハウスを経営し、復興支援のために活動している団体です。

 

 その団体いわく、『インフラの整備などが進み、震災復興は“第二段階”を迎える。決して十分とは言えないまでも、衣・食・住の整備が徐々に進みつつある中、「心の復興」を中心に、被災地の方々と支援者とが想いや感動を共有し、共感し、「共に立ち上がれる仕組み」を、それも継続的に作り出していくことが求められている。』

 

 実際にも震災直後は、コンサートや演劇・スポーツなどイベントの開催中止や延期が続々と決まっていました。しかしながら逆に、エンタテインメントには被災地の方々に勇気や元気を届ける力があるはずだと共感しました。

 この団体自体は私が高校3年の秋に形となったので、団体の設立は芸術を学ぼうという直接的な理由にはならないのですが、考え方は非常に近いです。

 その考えを高2の時から持つようになり、ちょうど進路を決め始める時期と重なったことから、「芸術分野」という言葉が頭に浮かぶようになったのでしょう。高校2年生ということもあり絶賛"高二病*1"でしたし、私は男子校で青春を犠牲にしましたから、周りのクラスメイトもユニバーシティドリームを掴もうと夢は大きく持っていたのも影響しています。大雑把な夢を荒削りに表現していました。「人を笑顔にしたい」って本気で思ってました。

 エンタテイメントが本気で「心のインフラ」としてこれからの世の中で必ずしも必要なものになると思いました。

 あともう一つ、本格的に舞台作品にはまった時期がありました。ラーメンズです。小林賢太郎氏の戯曲集を読んだのがきっかけでした。文字だけの情報が舞台上だとこんなに変化するんだ、こんな表現の仕方があるんだなと。なのでそこからいろんな作品を見た気がします。正直内容は忘れました。大半が拙い高校演劇とかだったので。ただエネルギーに圧倒されました。その場で役者と作品を共有しているからこそ生まれる感動のエネルギーの虜になりました。

 あとはアニメです。特に声優です。根っからのヲタク体質ってこともあってのめり込みました。声のみでの表現の仕方って様々だと思ったんです。「あっ、この人こんな声も出せるんだ」とか「なんか頭に残る台詞回しだな」とか、アイドル声優の創立期ぐらいの話です。スフィアとか、そんな時代です。

 

 そんなこんないろいろ含めて、「世の中の様々な人に芸術作品・エンタテイメントに触れて感動して欲しい。それらを通して心を豊かにして欲しい」と将来の目標のように口癖になっていって、将来の目標として大学を考えていったんだと覚えています。

 

 その中でエンタテイメントや芸術分野にだんだんと興味を持つようになりました。当初は比較文化としての芸術を学ぶとか、経営学部でマネジメントを淡々と学ぶと進路を考えていたのですが、高校の時の担任との面談で、『正直"芸術"を伝えるとなればアーティストに、それこそお前の好きな声優を目指すのが曇りのない将来だ。しかしなぜ経営なのか』と言われました。ダルビッシュの直球が僕の内角低めを抉ってきた感覚でした。言われれば確かにそうだと。だから他人の先生は『今まで何にも芸術をかじったことがないなら基礎から勉強していく必要がある、そして、オールマイティに芸術も経営も勉強できる大学を探す。』とおっしゃった。その答えがアートマネジメント・芸術経営という形となりました。

 決して頭も運動神経も良くなかった自分、できることは目標が決まればそれに向かってやれることに打ち込む、結果、晴れて芸術経営を勉強できる大学に入学することとなりました。

  これが僕が大学に入学した理由です。

 気が向いたら入学してからも書いていこうかと思います。

 

(追記)

→その2

yosakoi-hnymt.hatenablog.com

 

  

 

*1:高校2年生になるとかかる病気。賢い中二病と思ってくれればわかりやすいかもしれない。

Tokyo 7th シスターズに触れた日

 こんばんは、卒業制作の2つ目が終わり少しだけ落ちつきを取り戻しています。

しかし2月には3つ目の卒業制作が待っています。残り一つですので頑張っていきたいところです。

 

さて。Tokyo 7th シスターズ 2nd Live 16'→30'→34' -INTO THE 2ND GEAR-のライブBlu-ray友人に見せていただいた(最近のヲタクのの言葉を借りるなら"布教")。

はっきり言って世界観に圧倒されました。

そのことについて殴り書きします。

印象だけで書いてます。

正直自己満足なことしか書いてないんで気分を悪くされたらごめんなさい。

 

会場

 どうやらパシフィコ横浜の国立大ホールのようです。

 最大約5,000人収容可能な全国を代表するホールです。日々様々なイベントがも催されています。私もクラッシックのコンサートで何回かお邪魔させていただいたことがあります(音楽に詳しいわけではありません)。

 貝殻をイメージしているホールということもあり、白を基調とした内装に天井のギザギザが特長です。しかしこのギザギザにも「音を響かせる」技法がこらしており、上下左右から音を反響させて約57m離れた後ろの席まで届けているのです。

シドニー・オペラハウスも若干この形に近い気がします。

 とにかく、こんな素敵な箱*1で開催できるコンテンツ力が素晴らしいと思います。前回はZepp Tokyoでやったそうですね。確かあそこがスタンディングで2,700人だったはずですから約倍の数集まったということになります。

 

 

 

http://www.pacifico.co.jp/Portals/0/resources/promoter/facilities/convention/images/conv_hall07.gif

パシフィコ横浜施設紹介ページより参照)

 

 

 

f:id:yayousa16:20170202112957p:plain

(オペラハウス、どことなく形が似ている)

 

 

ライブ映像

 オープニング映像から作品の世界へ引き込む魅力的な演出でした。

 ライブ視聴後に特設サイトにて宣伝用ムービーを拝見したのですが、これまたオープニングにつながる"人を惹きつける演出"がされていたと感じます。

 キャスト紹介映像が良かったともいます。

 正直友人の方が詳しいと思います。正直一緒にBlu-rayを見ていた時に熱く語ってくれました。

 

記録映像

 ライブビューイング(以下LV)も同時に開催していたという話を伺いました。LVの人と同じ視点で楽しめるのかもしれませんね。

 それの他に私が気になったのは舞台裏にカメラをつけ、出演者の視点から客席を見れるアングルがあるのが印象的でお気に入りです。舞台上のFLやバミリが確認できるので

 

舞台装置

 二次元アイドルのライブにありがちなひな壇方式。舞台奥を高見にして出演者一人一人を見やすくする方法でした。しかしこの方法だと大きく動けるのが上下(かみしも)*2だけになるため、ライブ演出に多少の縛りが出てしまうという印象を受けました。

 また舞台上の階段はセンター別けで開き、中からバンド用の楽器一式が出てくるという演出があった。あれどうやって動かしてたんだろう… スモークで隠してたから人力なんかんぁ…

 あと最初に使われた鉄格子とクラッカー、あれインパクトありましたね。1stライブの時に2回もバズーカを使ってあげくの果てにはバルーンまで打ち込んだ時はものすごい処理が大変なんだろうと察してしまいましたが、あれより後の楽曲に影響しないようになってました。

 未だに舞台両袖*3付近に設置されたミラーボールの効果がよくわからないのは内緒です。

 あと出演者がバミリに縛られて自己紹介してたところがツボでした。守りたくなる気持ちはわかりますが、外から見てると少し不自然だったり、「位置間違えた!」ってのが顔に出てわかってしまうのも内緒です。

 

照明

 とにかくやばかったです。大掛かりに仕込まれていて、こりゃシュート作業*4大変すだなって。一番好きなのは舞台奥に吊るされたむき出しの機材と光るポールです。足元の明かりが多くて演者の顔が自然に見やすかったです。正直照明のことはよくわかりませんけど、ストロボを多用していたなって印象がありました。

 よくない点として演者がサスペンションライトを外しかけてる場面があったので、もっと光を感じろと言いたいところでした。

 とにかく光の演出は最高でした。特設サイトから赤や青を基調としたデザインを施していたので、それをフルに使って世界観を演出して、観客の心を掴んでいたと思います。

 

音響

 とにかくスピーカーが多方面があったような感じがします。ライブに参加していないので現場の状況はわかりませんので言及はできませんが、管弦楽を聴きにパシフィコを訪れた時は前からしか飛んでこなかった*5。ガンガンに響かせて身を震わせるぐらい響いていたのかもしれません。

衣装 

 夏らしくて良かったと思います。原作再現というよりは+αのアレンジがあったと思います。可愛らしかったです。アンダー感があったり、炭酸のような弾けるワンピースであったり、悪魔に天使にロックンロールな衣装、僕は大好きです。

構成

 率直に驚きました。自己紹介以外のMCなし、休憩なし、アンコール無しのライブ。キャラクターコンテンツ系ライブでこの手法を行うのは初めて、ってか今までに見たことがありませんでした。

 特に曲と曲の間は"暗転ハケ*6"を行ってシンプルに、演劇的な構成に近かったです。

 自己紹介MCの時間はあったが、1stライブでの各自己紹介に使った時間は50秒〜70秒、しかし今回は30秒程度にポンポンとテンポよくおこなっている印象を受けました。

 「ユニット曲複数+MC」という定型的な表現を避け、観客に展開を読ませないような工夫なのだろうか。ありがちな衣装替えもなく、グランドフィナーレでライブTシャツを着用するのみ。歌を聴かせるために余計なものを排除したというより、「ナナシスの構築された世界観をそのまま、余計なものを入れずに守りきった」という印象を受けました。

 

なぜこのような演出をなされたのか、今回のライブの総監督を務めた茂木伸太郎さんのインタビューから引用します。

 

今回はね、 “音楽ライブ”というものを真剣に考えてやりたいなと。あまりわかりやすく表に出るようなテーマではないんですけど、(中略)ある意味大きなトライです。どこまでやれるかはわかんないですけど、そのテーマをどうクリアしていくかっていうのが、こういったタイプのコンテンツのライブでの長期的であり絶対的な課題だと思うんで。(中略)ここで地力をつけないと続いていかないですからね。

 

 

彼は別のインタビューでも「『二次元アイドルってこういうもんでしょ』っていう世間のイメージを音楽面でまずは壊したいっていう思いもあります。」と発言しています。だからこそ従来の二次元アイドルで見られるようなMCや休憩などを取っ払って"音楽で勝負する"という気持ちが形になったんじゃないのかなと思いました。ありがちなステージ演出を排除し、音楽とパフォーマンスのみに引き絞った構成とすることで、「キャスト/キャラクターの魅力に頼り過ぎない」ステージをつくった。現在地点の自分たちを出し惜しみなく出し切る、意欲を注いだのではないでしょうか。

 

作品に対する世界観・イメージについては以下のページを参照しました。

 

 

その後

 とりあえず僕は原作ゲームをインストールしていなかったので、視聴後に早速インストール。楽曲・キャラクターを含め初心者ながら楽しませてもらっています。

 特にゲーム内BGMがお気に入りで、作り込まれているというか、ゲームのディテールを細かく彩っている、そんな気がします。

 今ではCDも借りたし、落書き帳に何人か練習に書いてしまうぐらいには虜になっています。

 

 

*1:イベント会場の意味

*2:上手下手のこと、お客から右手が上手、左手が下手。この場合は左右と考えてもらえると嬉しい。

*3:舞台端にある、袖幕に隠されて客席から見えない部分。よく演者がバイバイと消えていくところ。

*4:仕込んだ照明機材を役者を踏まえて本番用に調整する作業。灯体の向きや照射範囲を、本番で使う状態にするのが主。

*5:当たり前である。クラシックにスピーカーでガンガン鳴らすようなものはない。

*6:舞台上が暗くなる(暗転中)に演者や装置を舞台上からなくすこと

殻の中の宝物

今日、下宿の向かいに住んでるおばあさんから甘栗をもらいました。

2行目を書いているときは、まだ一個も食べれていません。

殻が固くて剥けないのです。

 

二つに割れても中身も綺麗に真っ二つ、スプーンとかでくり抜かないと栗はたべれないのです。

力づくで向いても中身は潰れて食べにくくなる。

どうにかして綺麗に剥きたい…

 

甘くて美味しい栗を食べるために四苦八苦、幸せも時間と努力がないとつかめないのと同じなのかもしれません。

美味しいはうまく行かない、このことかもしれません。

アンデルセン童話の亀も、グリム童話のハンスも、コツコツと努力して成功を収めています。

それに習って自分も、あきらめずに爪楊枝で丁寧に、隙間を作って掘り出します。

 

おばあさんありがとう、甘くて美味しかったよ。